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偏愛的プレミアリーグ見聞録

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おつかれさま、ハワード・ウェブさん!去りゆくプレミアリーグの名物レフェリーへの、心からのリスペクト

プレミアリーグの名物キャラが、またひとり、舞台から去っていきます。今回、引退を表明したのは、選手ではなくレフェリー。しかしこの方、並みのレフェリーではありません。2010年、同一年にチャンピオンズリーグとワールドカップの決勝の笛を吹くという、唯一の偉業を成し遂げた、あのハワード・ウェブさんです。

43歳と、国際レフェリーの定年まであと2年となっていた彼の引退が発表されたのは、8月6日。今後は、PGMOL(Professional Game Match Officials Limited=イングランドプロ審判協会)のテクニカルディレクターとして活動することが発表され、マッチオフィシャル全体の方向づけをしたり、後進の育成のためのプログラム開発などを担当していくと伝えられています。プレミアリーグのレフェリーというだけでなく、2005年から国際試合で10年活躍してきた第一人者の引退なので、すぐにでも記事にしたかったのですが、その前にあらためて、見ておきたいものがありました。そう、2008年のユーロにおける各国審判団の生の姿に密着したドキュメンタリー映画『レフェリー 知られざるサッカーの舞台裏(=原題: LES ARBITRES)』です。

この映画の主人公こそ、スイス・オーストリア共催で開催されたユーロ2008で決勝の笛を吹くことを夢見ていたハワード・ウェブさんです。しかし、彼を待っていたのは、欧州中の評価を一身に集めるという夢物語ではなく、厳しい現実でした。2008年6月12日、グループB、オーストリアVSポーランド。緒戦に敗れていた両者は、負ければ大会を去ることが決まるというデリケートなサバイバルマッチ。この試合で、ウェブさんのレフェリーチームは、痛恨のミスをし、大きなトラブルに巻き込まれてしまいます。

前半30分、ポーランドのゲレイロのゴールは、映像で見ると明らかなオフサイド。しかも、副審が集中力を欠き、適切なポジションに立っておらず、自ら過ちを認めるというボーンヘッドによるミスです。ゲレイロを後ろから見ることになるウェブ主審の位置からは、このオフサイドはわかりません。ゲームが終わった後、非難されるのは常に主審ですが、副審などチームのメンバーがしっかりしていなければ、どんな名レフェリーでも適切なジャッジができないことがよくわかります。

そしてさらに、問題となったのは追加タイムにポーランドDFのファールをとったPK。これは、ワールドカップ2014ブラジル大会開幕戦で西村主審がとったデヤン・ロブレンのホールディングに酷似したプレイで、ラッキーなオフサイド見落としで先制点をもらったにも関わらず、ポーランド人はこれに激怒します。首相のトゥルク氏が、「首相という立場の人間はバランスのとれた発言をしないといけないと心得ているが、試合のときはこう考えていた。『あのレフェリーの野郎ぶっ殺してやる!』とね」という物騒な発言をし、ウェブさんにはYoutubeなどを通じて殺害予告まで舞い込み、自宅がポーランド人の投石を受けて警察が巡回警備するといった騒ぎに発展します。

西村氏は、8月1日のアディダス主催のトークショーで「ホールディングは、トリッピング等と違って選手に掴むという意図がなければ起こりえないファール。ブラジルVSクロアチアのあのシーンでは、フレッジが大げさに倒れたかどうかは関係なく、その前にファールはあった」という趣旨の発言をしていました。ここ10年の国際大会では、大きな流れとして、ホールディングを厳しくとるという合意形成がなされているとのこと。当時のウェブさんもまた毅然としたジャッジをして、UEFAはこれを支持。その後のインタビューでも、両者の姿勢はブレませんでした。異論はあったとしても、明確な誤りというほどのミスはないにも関わらず、ときに生命まで危険にさらされてしまうのが主審なのです。

この映画を見て思うのは、ゲームをスムーズにコントロールしたり、適切なジャッジをしてもリスペクトされず、ミスというほどでもない微妙な判定があっただけでも、痛烈に批判されるレフェリーは、何て報われない仕事なのだろう、ということ。ちなみに、「マンチェスター・ユナイテッドびいき」と揶揄され続けてきたハワード・ウェブさんですが、2009年からの5年間、プレミアリーグにおいて彼が主審をしたマン・ユナイテッドの試合は12勝1分け7敗と、チーム全体の勝率と比べても極めて悪い数字です。一方、アーセナルは11勝2分け2敗、隣町の宿敵マンチェスター・シティは13勝2分け2敗。彼がマンチェスター・ユナイテッドに利する笛を吹くといわれるたびに、私は思っていました。

「マンチェスター・ユナイテッドサポーターは、ハワード・ウェブがゲームを担当すると、どうも相性が悪くて負けるから嫌だ、と思っているのに、他クラブのファンは、われわれに有利にみえるジャッジが少しでもあれば、それをクローズアップしてひいきと思うのだな」と。

印象というものは、しばしば事実とかけ離れたところに向かっていくものだと思います。レフェリーに浴びせられる「誤審」をはじめとした心ない感情的な言葉は、実際どうであったかとは乖離しがちで、しかも選手が犯したミスに対するよりも容赦ないのが常です。それでも、素晴らしい試合をファンに見せてあげたいという一心で、毎日どこかのスタジアムで、レフェリーが笛を吹いているのです。

これをお読みいただいているみなさんに、お願いです。私は、ハワード・ウェブさんは、「明快でブレない」という、この役割に必要な胆力・技術を持っているいいレフェリーだったと思います。しかし、みなさんのなかには、2010年の南アフリカの決勝で出した14枚のカードなど、彼に対していい印象をお持ちでない方もいるでしょう。それでも、最後だけは、プレミアリーグの名勝負や幾多の国際試合を、10年以上にわたって仕切ってくれた労をねぎらいませんか。現役のうちは批判されるばかりで、引退したら選手のように記憶に残らないレフェリーを心からリスペクトしてあげられる機会は、今、このときしかないといっても過言ではないのですから。

ハワード・ウェブさん、おつかれさまでした。ありがとうございました!映画「レフェリー」で、ポーランド人記者の厳しい質問に真摯に答えるあなたの姿をみて、この仕事への誇りとプライドを感じました。これからは、プレミアリーグにあなたのようないいレフェリーを数多く輩出すべく、若い人たちに持てる経験や技術を伝えてください。

私もDVDを持っていますが、「レフェリー」を見ると、この仕事の大変さと、誤審という言葉の重さを感じます。サッカーファンなら、一度、ご覧いただいたほうがいいと思います。ひとたび見ると、何度も見てしまいます。ご興味あれば、ぜひ。

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(ハワード・ウェブ 写真著作者/Ronnie Macdonald)

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“おつかれさま、ハワード・ウェブさん!去りゆくプレミアリーグの名物レフェリーへの、心からのリスペクト” への2件のフィードバック

  1. makoto より:

    私も映画ではありませんが、レフェリーの仕事の舞台裏を追うドキュメンタリーを観て、これまでの審判に対する見方や考えが一変しました。
    それまでは筆者様も仰っているように誤審だミスだと喚いていましたが、仕事の大変さ、そしてサッカーが本当に好きで審判という仕事に誇りを持ってやっている姿を見て猛省しました。

    試合を見ている最中は興奮して、なかなか冷静になれませんが審判への尊敬の念は忘れずに今後もサッカーを観ようと思います。

    ウェブさん、本当にお疲れ様でした。

    —–
    リッキーさん>
    ありがとうございます。ご意見、とても共感します。微妙なジャッジがあること自体はサッカーのおもしろさのひとつなので、「厳しい判定だった」「映像ではこう見えた」とはときどき書きますが、レフェリーのジャッジを尊重する、ということを大前提として語るように努めています。

  2. リッキー より:

    すみません追記ですが上記の筆者様の仰っているように、というのは心無い批判を以前私もしていたという意味で、筆者様が普段そういった批判
    を書いているという意味ではございません。
    紛らわしくて申し訳ございませんm(_ _)m

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