現場を知る選手や解説者のコメントから考える…モウリーニョ監督に足りなかったこと。
元チェルシーのFWデンバ・バ
「すごく疲れるんだ。彼は大きな要求をするからね。選手を限界まで追い込み、どんな力があるのかを見ようとする。選手に自信を与えるタイプではない。可能な限り持っているものを引き出そうとするタイプだ。選手が自信を欠くと、彼はそれを取り戻させようとはせず、自信がある別の誰かを頼りにする。自信を失った選手は、ベンチに置くだけだよ」「彼は勝つことが大好きで、負けるとまるで世界の終わりのようになる。次の勝利が得られるまで難しい状況が続く。彼はいくつもトロフィーを手に入れており、その力は証明されているけど、選手は好きになるか嫌いになるかのどちらかだ。無関心ではいられないんだ。人間としてではなく、監督として」
2015年12月17日、イギリスメディア「BTスポーツ」
チェルシー監督ジョゼ・モウリーニョ、最後のコメント
「選手は、私が一緒に仕事ができる最高の監督だと理解し、それを望む必要があると思う。これはとても、とても大事なことだと思っている。私を好きか嫌いか、人としてどうか、親友か、それらは二の次だ。監督として見て、優れていると知ることが重要だ」「私は常に不可能な目標を設定する。あらゆる試合に勝つのが目標だという。今季は本当に不可能だと証明しているが、それでも目標なんだ。どの大会でも勝利をめざす。勝ちたいと望み、勝てると感じることが大事だ」
2015年10月7日、イギリスメディア「デイリー・ミラー」
ファビオ・カペッロ
「モウリーニョは偉大な監督だ。ところが1年半もすれば選手たちは燃え尽きてしまう。彼らは精神的にまいってしまい、監督が望むことを実行できなくなるんだ。このサイクルは続くと思うよ。チームはリズムを失っている。イヴァノヴィッチは昨季の彼とは別人で、クルトワの不在は深刻だ。選手たちは明確な戦術を求めているんだ。それを提示すればここまで混乱することはなかったはずだ。これは指揮官の責任だ」
発信する者、受け取る者、客観的に見る者。3者が語っていることは、ジグソーパズルのピースのようにぴたりとはまっています。プレミアリーグ2015-16シーズン、16節を終えて4勝3分9敗。2015年12月17日、チェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督は、コブハムの練習場でトレーニングとクリスマスランチを終えた後、午後2時に解任を通告され、2年5ヵ月でクラブを離れることになりました。モウリーニョさんとうまくいっているように見えなかったテクニカル・ディレクターのマイケル・エメナロ氏は、「監督と選手たちの間に不和があったことは明らかだった。われわれは、動くべきタイミングだと感じた」と語っており、プレミアリーグでの不振よりもそちらのほうが大きな理由だったようです。
これを聞くと、クラブに尽くしてくれた監督の名誉のためにはこんなことはいわなければいいのに、エメナロさんと監督の間に確執があったから出したのかと穿った見方をする方もいらっしゃるかもしれません。しかし、このコメントを発信した場がクラブの公式チャンネルであり、一般マスコミ向けではなかったことを考えれば、支持するファンが多かった指揮官だけに、ここまで明らかにしないと解任に対して納得を得られないのではないかという懸念から、やむをえず出した声明だったと解釈するのが妥当でしょう。
「不和」のベースにあったのは、本人を含む前述の3人が同様に語っている、モウリーニョ監督の過大な要求とハードマネジメントだと思われます。そして、これに加えて、勝利至上主義と一体となったモラルの欠如に対する一部の選手たちの反発があったのではないでしょうか。エヴァ・カルネイロ医師の降格騒動、度重なるレフェリーや他クラブ監督への非難…「勝つためには何でもありなのか」。選手たちが引っかかったのは、自分たちの身体的安全よりも勝利を上に置いているように見えたことなのか、あるいはスタッフやプレミアリーグの関係者に対して敬意を欠く振る舞いか。細かい戦術の徹底不足や、特定の選手の不調だけではここまで崩れることはないはずです。多くの選手が昨季プレミアリーグで披露した素晴らしいパフォーマンスを失ったのは、監督に対する信頼感に根本的な問題が生じてしまったからだと思います。
チェルシーには、4つのタイプの選手がいたのではないでしょうか。モウリーニョ監督の要求に応えきれなくなり、精神的疲弊からスランプに陥った選手。ドレッシングルームで何があっても、プロとして自分の仕事をきちんとやろうと淡々と取り組んだ選手。明確に反発し、監督のオーダーに背を向けた選手。「こんなはずじゃなかった」と、狼狽した選手…すなわちペドロ・ロドリゲス。「疲弊タイプ」は、限界説があったなかでレギュラーに戻してもらって優勝を味わえたテリーや、直接口説かれてバルサから移籍して昨季18アシストと大きな仕事をしたセスク、重用されたイヴァノヴィッチなど。セスクやテリーが監督解任に寄せたメッセージを見ると、信頼の深さが感じられます。「自分の仕事追求タイプ」には、ウィリアン、アスピリクエタ、クルトワ、ズマに加えてベゴヴィッチなど今季新加入の選手が入ります。レアル・マドリードがモウリーニョ監督と選手たちの確執で揺れたとき、監督の言葉をうまくいなし、超然と自分のプレイを追求していたクリスティアーノ・ロナウドもまた、このタイプでした。
セスク・ファブレガス
「監督が僕のためにしてくれた、すべてのことに感謝している。本当に多くの借りがある。いなくなるのは寂しいよ」
ジョン・テリー
「ありがとうだけではとても足りない、悲しい悲しい日。ボス、あなたがいなくなるのは寂しい。これまで一緒に働いてきたなかで、これ以上ない最高の人。信じられないほどの思い出がある」
セサル・アスピリクエタ
「すごく悲しい日だ。モウリーニョのクラブへの貢献と日々の指導に感謝したい。彼とは重要なタイトルをいくつも勝ち取り、ファンのために素晴らしい記憶を残すことができた。全てチェルシーの歴史に刻まれる出来事で、どれも忘れられない」
これ以外の選手のなかに、モウリーニョ監督に背を向けた選手、指示をピッチで遂行しなくなった「反発タイプ」の選手がいるのではないかと思います。「Hazard」は、モウリーニョさんにとっては英語でいうハザード、すなわち危険物と化していたのかもしれません。結果、ピッチの上で起こっていたことは、こういうことでしょう。複数の選手、おそらくは中盤より前の選手を監督がコントロールできなくなり、組織化された守備がないために後ろの4枚で耐えても2~3発は決められてしまい、連携がない攻撃はパスのほとんどが足元。ストライカーが左に流れても中に誰も入ってこず、サイドを走る選手にタイミングのいいパスは出ず。足元、足元、横、横では、ウィリアンのプレースキックがキレまくってもせいぜい1~2点。0-1、1-2、1-3が9つ積み重なった結果が、プレミアリーグ16位というポジション…。チャンピオンズリーグではチェルシーらしさが感じられたのは、多くの選手にとってはまだつかんでいないタイトルであり、そこには大きなモチベーションと「イスラエルでは攻める」「ウクライナとポルトでは守る」といった意志統一があったからだと思われます。
しかし、このうえは、「犯人探し」には意味がないでしょう。監督を信じた選手も、糾弾した選手も、望む結果を出すための仕事ができなかったのですから。モウリーニョさんに足りなかったのは、ひとたびうまくいかなくなったときに、「大きな目標を立てて選手を追い込む」以外の手法を取れなかったことだと思います。評論家のなかでは、この方のコメントが的を射ているように感じました。
「モウリーニョは自分流の方法で勝利を求め、選手に多くの要求をした。時には選手を吊るし上げたりしてね。監督としてできるあらゆることにトライしていたと思うよ。しかし、彼はこれまで多くの成功をつかんできたために、その成功体験にとらわれてしまったのかもしれない」「一方で、チームを長く率いるために、さまざまなことを試している最中だったのかなとも思う。彼にとって長期は未経験だからね。…短期なら彼以上の監督はそうそういないけど、長期政権を築けるタイプの監督ではないのだろう」(ジェイミー・キャラガー)
最後の一文を除けば、納得です。長期政権は築けない…今はそう見えるかもしれませんが、モウリーニョ監督も選手たちもサッカー人生の真っただ中、人間は成功や失敗をもって変容し、勝負はこれからも続きます。モウリーニョさんに何が足りなかったのかは、キャラガーさんに代弁していただきましたが、モウリーニョさんへの思いを伝える言葉は、サッカーに対する愛情の深さをリスペクトしたいこの方に託して本稿を締めたいと思います。
「彼がチェルシーを強くしたんだ。それは忘れてはいけない。チェルシーだけでなく、プレミアリーグ全体にとっても痛手だよ。あんなに素晴らしい監督を失ったんだからね」(ティエリ・アンリ)
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エナメロ→エメナロでしょうね。
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毎日の面白い記事をありがとうございます!
ベップが更に上の戦術に挑戦しているようにモウリーニョも選手の力を更に上へと引き出すことに挑戦していたんですね。
チェルシーファンではないですが、彼の話題が尽きるのは残念です。ギャラガーとアンリの言葉が心に沁みました。
VOOさん>
これは失礼しました。訂正させていただきました。ご指摘ありがとうございます。
らりをさん>
私も、キャラガー、アンリの両氏の言葉にはしんみりしてしまいました。3年とは思えない濃密な時間だったと思います。
そのまま一般メディアに転載してもよいくらいの素晴らしいエントリだと思います。
勝利至上主義と一体のモラルの欠如、ここがおそらくファギーやベンゲルとの違いでしょう。ピッチには11人しか立てないわけで、そのうち数人が反旗を翻し、或いは疲弊してしまっていたら、勝利は覚束ない。モウリーニョの業績は素晴らしいですが、モラルの維持こそが持続可能性を高める、という人間社会の根本を再確認した次第です。
寂しくなります
今年のモウリーニョは当初よりエキセントリックで、管理者様同様少し引き気味で見ていましたが、まさか居なくなるとは…
でも、私としてはチェルシーが彼にあっていたのか疑問にも感じていたので結果オーライなのかとも思ったりもしています
ベンゲルに対する執拗なまでの口撃は、憧れの裏返しで、遠からずアブラモビッチに対するメッセージであったのではとないかと…モウリーニョが選手を上手くコントロール出来なかったのと同様に、オーナーもまた監督のコントロールに失敗した結果なのだと思っていますので
それを分かっていて戻ったのはモウリーニョだろ?と言われれば言葉もありませんが、長期政権という未開の地に足を踏み入れるには、オーナー含め未熟だったんでしょうね
それにしても、モウリーニョロストは世界中で凄い量のニュースですね
それだけでもチェルシーは感謝すべきです
広告料に換算すれば凄い額になるかとw
更新ご苦労様です。
このような終わり方は残念ですし、さびしいですね。レッズファンの私としては、彼と彼の率いるチームともっとゲームしたかったですね。
クリス前の解任が今年は多いように感じます。
サポーターのために戦うという気持ちが薄いと考えれば、監督との隔意でプレーの質を意識的無意識的に落としてしまう選手がいるというのは理解できます。
やっぱりサポーターは敏感で正直ですから、誰が自分たちのために一番戦っているのかはわかるものなんでしょう。だから状況があれだけ悪くなってもモウリーニョへのチャントやコールは響き続けてたんでしょうね。
そこで億単位のお金をもらい、サポーターの声援を受けていた選手の中にサポーターのために戦うよりもチームが勝つことよりも優先する何かがあってプレーの質を落としていた選手を考えると、仕方ない、とはさすがに言えないと思いました。
ストイックにチームを追い込む。結果が出るときと出ないときの落差が激しい。という点は今回のモウリーニョはマガトさんに似ているなと思いました。
監督が選手を信じることってシンプルですが実は一番大切なんだと思いました。どんな選手でも監督から『おまえが必要だ』と言われてモチベーションを高め、その気持ちに応えようと120%の能力を発揮するのだと思います。エジルがいい例で、マドリーで信頼されてないと感じて去るも、ガナーズでボスからの絶大な信頼を得ると記録的なプレーを続けてます。控え選手の扱いもそうで、コクラン、ベジェリン、キャンベルは言わずもがな、シェチェスニー、ジェンキンソンだってボスは今も信頼してるはずです。批判の多いジルーのこともウォルコットのことも。あのアザールがこれだけ光を失うなんて、つらいです。ファーガソンが去ったとき、モウリーニョが来たらユナイテットはやっかいだなと思ってましたが、こういう内部崩壊になったかもと思うと…。まあ今の人よりは…。モウリーニョがすごい監督なのはよくわかります。足りなかったのは人並みのやさしさなのかな。