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偏愛的プレミアリーグ見聞録

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決定機逃しからPK献上まで。マンチェスター・シティ「崩壊までの10分間」全プレーを振り返る。

「魔物が棲んでいる」。チャンピオンズリーグやワールドカップなど、ビッグタイトルを争うゲームでよく使われる表現です。昨日のマンチェスター・シティVSレアル・マドリードの試合後にも、解説やレポート、SNSでこの言葉が飛び交ったのではないでしょうか。

プレミアリーグでは最強ながら、ビッグイヤーに手が届かなかったクラブが、優勝13回という百戦錬磨の名門に大逆転で敗れるという図式なら、なおのこと魔物の存在を語りたくなります。修羅場の経験値が高いチームが、大舞台での戦い方を知らないチームを着実に追い詰め、理屈では語れない何かを呼び寄せたのではないか、と。

しかしあの時間帯は、トニ・クロース、モドリッチ、カゼミーロといったベテランがすべてピッチから去っており、事件を起こしたのはカマヴィンガ、ロドリゴ、アセンシオといった若手とサブのメンバーでした。魔物は、いたのか?敗戦は必然とまではいえなくても、アウェイチームの指揮官と選手たちにエラーや判断ミスがあったのではないか?

ハイテンションのライブで観戦では気づかなかった敗因を探るべく、グリーリッシュの決定的な一撃をクルトワが足に当ててから、ベンゼマがPKを得るまでの濃密な10分間を、いま一度チェックしてみようと思い立ちました。スコアは0-1、2試合トータルは3-5、残り時間が5分を切ったシーンから再生しましょう。

ジンチェンコの縦パスでグリーリッシュが抜け出し、クルトワまでかわしたシュートをメンディがゴールラインの手前で掻き出したのが86分過ぎ。30秒後、キックフェイントでミルトンを振り切った10番の左足シュートは、ビッグセーブに阻まれました。ここまでは、プレミアリーグでよく見る最強マン・シティ。カウンター主体の戦い方で追加点を狙うという判断は、間違っていなかったと思います。

ショートコーナーからのジョアン・カンセロのクロスは、クルトワがキャッチ。ビルドアップにプレスをかけたマン・シティは、メンディに縦に蹴らせ、ジョアン・カンセロのハンドが見逃されるという幸運も手伝ってボールを回収しました。グリーリッシュは左サイドを突破できず、ホームチームがスローインから再度ビルドアップ。左から上げたヴィニシウスのクロスはアバウトで、ジンチェンコが悠々とクリアしています。

88分50秒、縦パスを受けたロドリゴの強引な突破は、ジョアン・カンセロが大きくクリア。直後、右にいたベンゼマからミリトンに渡り、ジンチェンコの裏を取ったカルバハルがスルーパスで抜け出します。ニアに走ったアセンシオのスライディングは、わずかに届かず。ジョアン・カンセロは、安全重視で右に蹴り出しました。

グリーリッシュとジンチェンコのマークの緩さは、白いシャツの選手たちに「右サイドでは優位に立てる」と思わせたのではないでしょうか。

左からスローインが入ると、前に5人いるのを見たロドリゴはナチョに預け、右にいたカマヴィンガにつながりました。引いていたグリーリッシュが詰める前に、浮き球が左へ。フリーのベンゼマが左足でニアに折り返すと、ルベン・ディアスの裏を取ったロドリゴのハーフボレーがネットを揺らしました。

カマヴィンガにパスが通ったとき、ロドリゴの前にはフェルナンジーニョ、ルベン・ディアス、ジョアン・カンセロがいました。ところが、ボールが左に上がった瞬間、CBとベテランMFの間をすり抜けたロドリゴはフリー。折り返しをキャッチしようとしたエデルソンも、ボールに寄ったルベン・ディアスも、21番は視界に入っていませんでした。

引きすぎたマン・シティ、左サイドの緩い守備を突かれて1-1。しかしまだ、2試合トータルは4-5です。キックオフから、後ろに戻したボールがエデルソンの足元に届くと、時計はちょうど90分を超えたところです。これまでしてきたようにポゼッションをキープすれば、昨季プレミアリーグ王者は2年連続のファイナル進出を果たせるはずでした。

ここでなぜ、エデルソンに蹴らせたのか。ロングパントを直接クルトワがキャッチし、左に蹴ったボールをヴィニシウスにゴールラインまで運ばれたため、マン・シティはまたも受け身にまわってしまいました。ロドリがカットし、ジョアン・カンセロが縦にフィード。フォーデンは収められず、ナチョからもらったメンディがクロスを上げると、前線に張っていたミリトンがロドリゴに落とし、右サイドに流れたボールを追ったミリトンは後ろのカルバハルに預けました。

グリーリッシュは、クロスのコースは切っていました。しかし、右SBは外に持ってコースを作り、中央に絶妙なボールが上がります。ニアで触ったアセンシオも、ヘディングを決めたロドリゴも、マン・シティの守備陣の間に入っていました。プレッシャーがからない選手が2人もいれば、失点はやむを得ません。90分50秒、ついにトータルスコアは5-5。レアル・マドリードの選手たちは、2度めの奇跡的なゴールのセレブレーションにはたっぷり時間を取っています。

ゲームが再開したのは92分、追加タイムは残り4分。マン・シティは、このキックオフでもエデルソンに戻してロングパントを蹴らせています。ボールは左に出て、ロングスローから右にいたベンゼマがキープ。3人を無力にする斜めのラストパスがボックス右に通ると、ロドリゴの決定的な一撃は飛び出したエデルソンが左腕で弾きました。サポーターが生み出す爆音が響きわたるサンチャゴ・ベルナベウ。動揺が収まらないアウェイチーム。

この試合は、ここで既に終わっていたのかもしれません。

CKからのカルバハルのクロスは、エデルソンがキャッチ。ようやくGKがジョアン・カンセロに渡したと思った直後、縦パスはメンディにカットされ、バルベルデのパスが前線のベンゼマに入ります。何とかここは奪い、ぎこちないビルドアップが続くと、中央で呼んだフェルナンジーニョがフォーデンを前に走らせ、カウンターが発動しました。

左を並走するギュンドアンが空いていたのですが、47番は難しいスルーパスを選択してナチョがカット。拾ったグリーリッシュが右のフェルナンジーニョに渡すと、37歳の誕生日だったベテランは巧みにファールを誘いました。レフェリーの仕草を見た老獪なMFは、クイックリスタートをチョイス。中央でパスをもらったフォーデンは、左足の一撃を右に外しました。

これが、最後のチャンス。うつぶせに倒れた47番の表情は、ビハインドを背負ったままタイムアップを迎えた選手のようでした。

残り時間は2分。延長戦を告げる笛が鳴るまでに、前につながったマン・シティのパスは1本のみです。左からドリブルで仕掛けたグリーリッシュのラストパスは、難なくミリトンがカット。いつも通りのプレイを見せているのは、バルベルデにイエローカードを出させたフェルナンジーニョだけです。ジンチェンコのFKが右に流れたところで、レフェリーの笛。しばしのブレイクの間にリフレッシュできれば、よかったのですが…。

延長前半のキックオフから20秒、サポーターがピッチを走り出し、ゲームは中断。90分50秒に再開すると、クリアの応酬からメンディにボールが渡り、縦パスでヴィニシウスが抜け出します。グラウンダーに反応したのは、ボックス手前でフリーだったベンゼマ。ダイレクトショットは、エデルソンがセーブしました。先制ゴールまでオンターゲットがゼロだったチームは、その後の8分で4本を記録しています。

ビルドアップからフェルナンジーニョが右にフィード。フォーデンはあっさり奪われ、後方に戻されたボールをクルトワが右に展開します。自陣からドリブルを始めたカマヴィンガにロドリは追いつけず、右サイドのロドリゴに鋭いグラウンダーを許してしまいます。すると…!ベンセマに着いたルベン・ディアスは、イーブンの競り合いでなぜ足を出したのでしょうか。

先にボールに触ったストライカーは、足が触れた瞬間、すかさず両手を大げさに挙げて倒れています。おそらく、CBの足が来るのを待っていたのでしょう。オサスナ戦で2度のPKをいずれも左に蹴って失敗した9番は、ファーストレグではパネンカを決め、この日は右に収めました。

笛が鳴ったのは92分22秒、サンチャゴ・ベルナベウが歓声に包まれたのは94分6秒。今度こそ、ジ・エンドです。失点の恐れを感じなかったレアル・マドリードのベンチは、延長戦が後半に入る前から、はしゃぎ続けていました。

マンチェスター・シティに起こっていたのは、「メンタルの疲労による判断スピードの低下」でしょう。トリガーは、ミリトンが前線に張り付くパワープレーの始まりだったのかもしれません。ルベン・ディアスとラポルテが、相手に体をぶつけてフィニッシュを阻止するシーンはなく、ジョアン・カンセロは希望のないボールを前に出すことしかできなくなっていました。

走れなくなっていたロドリは、もっと早く代えるべき状態だったのだと思われます。グリーリッシュやフォーデンが、確率の低いスルーパスばかりを選んだのは、「1発で決めてしまいたい。早くラクになりたい」という潜在意識の表れでしょう。ファン・ダイクやチアゴ・シウヴァのように、苦しいときに周囲に声をかけるタイプがいれば、堤防の決壊は防げたのかもしれません。

そこに魔物など、いませんでした。彼ら自身のメンタルを蝕んだ何かを、そう呼ぶのでなければ。(ジャック・グリーリッシュ 写真著作者/Steffen Prößdorf)


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“決定機逃しからPK献上まで。マンチェスター・シティ「崩壊までの10分間」全プレーを振り返る。” への2件のフィードバック

  1. 五月病のこじらせ上手 より:

    場数の違いが如実に表れた試合だったと思います。おっしゃる通り、メンタルが先に決壊してしまったんでしょう。
    強いリーダーシップを持った選手がピッチにいれば良かったんでしょうが、フェルナンジーニョ一人でチームを鼓舞するのは難しかったか。

  2. アイク より:

    奇跡的逆転勝ちにフォーカスする記事ばかりの中で、このような冷静な分析はありがたいです。
    序盤からの妙なパスミス、ハマらないプレス。ハーフタイムのスタッツでシティは相手より平均0.5キロ長く、カウンターに対処するため余計に走らされていたと思います。終盤のエデルソンのロングボールには、もう走れない、キープも出来ない、一か八か飛び道具に賭けるしかない、そういう判断があったのではと思いながら観ていました。
    ヤヤ、コンパニ、シルバ、アグエロ、毎年1人ずつレジェンドを見送ってきましたが、百戦錬磨の新たなリーダーとエースストライカー、あと守れる左SBも必要でしょうか。磐石の戦力充に見えたプレミア最強チームはまだ成長途上にあるという、恐ろしい結論に辿り着きました。

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