偏愛的プレミアリーグ見聞録

「チェルシーがジェイドン・サンチョの買取義務契約を破棄しようとしている」。ロンドンのサザーク出身で、子どもの頃はディディエ・ドログバやフランク・ランパードがアイドルだったというウインガーは、行き場を失ってしまうかもしれません。「インディペンデント」「ESPN」など複数のメディアが、ウェストロンドンは違約金も辞さずと報じています。

2021年7月、マンチェスター・ユナイテッドが支払った移籍金は7300万ポンド。ドルトムントで公式戦通算158試合53ゴール64アシストというスタッツを残していたジェイドン・サンチョは、脆弱だった右サイドを強化してくれる存在と目されていました。しかし初年度はチームにフィットしきれず、公式戦38試合5ゴール3アシストというもの足りない数字で終わっています。

スールシャール、キャリック、ラングニックと指揮官が変わるカオスの1年だったことも、サンチョが持ち味を発揮できなかった理由のひとつだったのでしょう。エリック・テン・ハフの下で戦った2年めは期待されていたのですが、ワールドカップカタール大会のイングランド代表から外れたことがトリガーとなり、メンタルに問題を抱えてしまいました。

この頃から既に、度重なる遅刻が問題になっていたようです。3年めに入った2023年9月、アーセナル戦でメンバーから外した理由を問われたテン・ハフは「トレーニングでのパフォーマンス」とコメント。これを聞いたサンチョは、SNSで猛抗議しました。両者の関係は完全にこじれてしまい、スカッドから外されたウインガーは、後半戦は古巣のドルトムントでプレイしています。

シーズンが終わった後、テン・ハフとは和解したものの、マンチェスター・ユナイテッドで輝かしい未来が描けない状況は変わりませんでした。チェルシーへのローン移籍が発表されたのは8月31日。彼らがプレミアリーグで14位以内に入れば、2000万ポンドとアドオン500万ポンドの買取義務が発動する契約と伝えられています。

「ずっとチェルシーのファンだった。ここでプレイするのは最高の気分」と語っていたサンチョは、ロンドンでのデビュー戦から3試合連続アシストという上々のスタートを切っています。11月末のECLのハイデンハイム戦で2アシストを決めると、12月のサウサンプトン戦とトッテナム戦で連続ゴール。現地のジャーナリストたちの評価は高まっていたのですが…。

最後にゴールに絡んだのは、1月5日のクリスタル・パレス戦です。ドーピング問題でムドリクが離脱し、ノニ・マドゥエケの負傷もあって出番は得られているものの、プレミアリーグ23戦2ゴール4アシストは納得できる数字ではありません。90分あたりのシュート1.1本は150位、チャンスメイク29回は57位。ゴールに向かうシーンが少なく、周囲を活かしているともいえないでしょう。

スポルティングCPの17歳FWジョバニ・ケンダを狙っていたチェルシーは、移籍金4400万ポンドで合意に漕ぎ着けており、オフシーズンには昨夏に獲得したエステヴァン・ウィリアンが合流する予定です。タイリーク・ジョージやシュマイラ・ムヘウカなど、成長著しいティーンエイジャーを多数抱えており、サンチョのサラリーを払う理由を見出せなくなったのかもしれません。

ラピッドフットボールが台頭するプレミアリーグでは、サラーやエンベウモ、サカのようにゴール&アシストを積み上げるウインガーと、アンソニー・ゴードンや三笘薫のように個人力で突破できるタイプが重宝されています。巧みなドリブルと意外性のあるパスワークはあれど、スピードやフィジカルを強みとしないサンチョは、評価されにくい状況ともいえるでしょう。

数百万ポンドの違約金を支払ってでも、契約を破棄する意向という報道が事実であれば、ロンドンでもマンチェスターでも構想外となる可能性が高そうです。マン・ユナイテッドは、違約金と移籍金のダブルを狙うのではないでしょうか。まだ24歳のウインガーは、どうするのか。リーグアンやエールディヴィジのトップクラブで巻き返しを図るのか、あるいは欧州を出て…！