グレイザーオーナー死去に想う~マンチェスター・ユナイテッド、未来を買えなかった9年間の苦難
グレイザー氏がオーナーになってからの9年間で、プレミアリーグ制覇5回。チャンピオンズリーグでは優勝1回、準優勝2回。クラブの成績だけ見れば、繁栄の季節といってもいいかもしれません。しかし、この成功は、クラブの健全な運営が支えたものではなく、サー・アレックス・ファーガソンという稀代の名監督と、ネビル、ギグス、スコールズという他クラブには例をみない、極めてロイヤリティの高いレジェンドたちによってもたらされたもの。その裏側では、じりじりと崩壊が始まっていたのです。グレイザー体制になってから、マンチェスター・ユナイテッドは、世界一金庫が重いクラブではなく、借金まみれのクラブになってしまったのでした。
1995年に、グレイザー氏がアメリカンフットボール、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)のタンパベイ・バッカニアーズを買収してからしばらくの間、スタジアムの改善やチーム強化に積極的だったオーナーは、間違いなく「スポーツチームを強くするアメリカ人実業家」でした。しかし、2005年に彼がマンチェスター・ユナイテッドを買収すると、タンパベイもマン・ユナイテッドも総崩れ。「二兎を追う者一兎をも得ず」とはまさにこのことで、最大の理由は、「多額の借金による無理な買収」です。それまで負債などまったくなく、数百億円が金庫にあるといわれていたマンチェスター・ユナイテッドは、グレイザー氏が借金で70%の株式を購入し、その負債をクラブに付け替えたために、一瞬にして650億円の負債を持つクラブへと転落しました。当然、資金に余裕のないオーナーが、スポーツチームに投資などするはずがなく、海の向こうのアメリカではタンパベイに鮮やかな放置プレイをかまして、彼らは低迷。ここから両者は苦難の道を歩くことになります。
2012年の夏、マンチェスター・ユナイテッドはニューヨーク市場への株式上場を果たしましたが、これは「マンチェスター・ユナイテッドに押し付けた負債の一部を、さらに投資家のみなさんに按分した」だけ。一般購入できる株式が発行済株式の1割しかなく、1株あたりの価格が旧株の10分の1では、グレイザー体制は何も変わりません。クラブが脆弱になっていく様を見続けるのは悔しいながらも、グレイザー氏とその一族がやってきたことは合法です。根強くグレイザー氏に反発し続けるサポーターや関係者は、それでもコツコツ株を買い集めるか、パブでエールを煽って悪態をつくしか、鬱憤を晴らす方法はありませんでした。
大借金クラブとなったマンチェスター・ユナイテッドが、どう変わってしまったのかをひとことで表現すれば、「勝つために惜しみなく投資をするクラブから、ビッグネームを獲得する余裕のないクラブへ」。古くはエリック・ザ・キング「カントナ」。2001年にファン・ニステルローイとベロン、2002年にリオ・ファーディナンド、2003年にクリスティアーノ・ロナウドを獲得。ビッグネームの活躍で、毎年チャンピオンズリーグの優勝候補だったマンチェスター・ユナイテッドは、2004年のウエイン・ルーニー獲得を最後に、大物選手へのアプローチが極端に減ってしまいました。グレイザー体制になってから9年も経つのに、それなりのお買い物をしたのは、サー・アレックス・ファーガソンが衝動買いしたファン・ペルシと、尻に火がついてからあわてて飛びついた昨季のファン・マタぐらいでしょう。カルロス・テベスはローン購入、移籍金だけ大物だったフェライニはモイーズ前監督のパフォーマンス経費。ダヴィド・デ・ヘアと香川真司は、ワールドクラスといってはいけないでしょう。2012年に残っていた負債は500億円で、利子の支払いだけで年額63億円。マンチェスター・ユナイテッドは、借金さえなければ、現有戦力に加えて、毎年マタぐらいの選手を獲得し続けられたことになります。
私は以前から、「サー・アレックスはよくこのメンツでプレミアリーグを勝てるな」「アーセナルサポーターが大物を獲らないとクラブやヴェンゲル監督を批判するけど、うちはプレミアリーグで勝ってるからいわないだけで、欧州チャンピオンをめざせる体制を創れていないという意味では、同じかそれ以下ですよ」と思っていました。そしてまた、ここ数年はファーガソン・マジックをただただ見せられている夢のような時間で、近い将来、「夢の終わり」を突きつけられるときが来るのだろうなとも覚悟していました。
2013-14シーズン。ギルCEOとファーガソン監督が去ったマンチェスター・ユナイテッドはついに「その時」を迎え、最悪だったプレミアリーグが終わると、マジックショーの幕が閉じたことを知らせるかのように、ショーの仕掛け人であるグレイザー氏が亡くなりました。「個々の選手が一流じゃなくても勝ち続けられる」という奇跡の時代が、サー・アレックス・ファーガソンというひとりの人間の特異な能力に支えられていたのだと痛感した「崩壊の1年」がやっと終わった、と実感させられた昨日の訃報。来季から、極めて厳しい現実を肌で感じる日々が始まるのでしょう。
2年前まで世界一のスポーツクラブという評価だったフォーブスの「サッカークラブ資産価値ランキング」では、昨年はレアル・マドリードに次いで2位、そして直近はついに3位に転落しました。これから10年は、1位に返り咲くことはないでしょう。このたびは、自分の応援しているクラブのトップが亡くなったわけですが、マンチェスター・ユナイテッドを壊してしまったグレイザー氏に、心からの感謝を伝える気持ちには残念ながらなれません。「ご冥福をお祈りいたします。遺族のみなさん、来季からはしっかりマンチェスター・ユナイテッドを立て直してください」とだけお伝えして、この稿を締めたいと思います。
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よくユナイテッドほどの裕福なクラブがLBOで買収できましたね。
以前ナンバーの記事でも同様のことを指摘されてました。
とすればオーナー家には今後も期待できなさそうです(株式公開の件でも利益を得ることに主眼がおかれていたようですし)。
ただレバレッジド・バイアウトで買収できたってことは、グレイザー氏に資金提供した人たちも莫大な投資をペイできるだけの将来性があると見込んでいたはずなので、ブランドが傷つかないうちに資金回収が済んでしまうこと祈るのみですね。
londres nordさん>
当時は、株の持ち方含めて経営基盤が緩く、無防備だったのでしょうね。
Uボマーさん>
おっしゃるとおりです。投資を回収できさえすれば、遺族のみなさんはクラブを持ち続けることにこだわらないのではないか、と期待しています。「熱意も投資もない一族経営のオーナー」など、最悪ですから。
う、うち…