偏愛的プレミアリーグ見聞録

「デイリー・メール」「エクスプレス」など、イギリスの複数メディアが「セヴィージャのジュール・クンデが激怒している」と報じています。7月末から獲得をめざしていたチェルシーは、粘り強い交渉によって4300万ポンド（約65億円）で合意したと伝えられていました。デッドラインデーの直前に、ウェストハムにズマを2980万ポンド（約45億円）で売却したのは、スペインから22歳のニューフェイスを獲得できると確信していたからでしょう。

ところが、締め切りの1日前になって、セヴィージャが突如移籍金を大幅に引き上げるという謎のアクションに打って出ました。6800万ポンド（約約103億円）は、バイアウト条項のほぼ満額で、プレミアリーグの優勝候補はさすがに高すぎると断念。個人合意に至っていたCBは、クラブの対応に怒っており、モンチSDやロペテギ監督からの連絡を無視していると伝えられています。

ブルーズのサポーターにとっては残念な話ですが、プレミアリーグファンの多くがほっとしたのではないでしょうか。昨季プレミアリーグの後半戦でわずか13失点の堅陣に、スピードとカバーリングに長けた有望株が加わったら、彼らの上に立つ可能性は限りなくゼロになりそうです。かくいう私も、土壇場の破談に胸をなでおろしたひとりです。指した直後に自分の詰み筋を発見してしまい、震えながら相手の次の手を待つ棋士のような心境で、チェルシーの動向をチェックしていました。クンデとデクラン・ライスを押さえられたら、ペップ以外は全員投了でしょう。

それにしても怖ろしきは、ロマン・アブラモヴィッチとマリナ・グラノフスカイア。アザール移籍、補強禁止、サッリ退任という三重苦を抱え、フランク・ランパードに頭を下げてから、たった2年で欧州のトップクラスといわれるチームになるとは…！ノックアウトラウンドの7試合を2失点で切り抜け、チャンピオンズリーグを制したクラブは、最大の課題だった得点力不足をロメウ・ルカク獲得という最適な打ち手で解消しようとしています。

新シーズンの懸念材料は、眠りから覚めないウイングとキーマンの高齢化ぐらいでしょう。ヴェルナーは未だフィットせず、ツィエクも安定感を欠いています。とはいえ、このチームにはメイソン・マウント、カイ・ハヴェルツ、プリシッチ、ハドソン＝オドイといったU-23のタレントが揃っています。伸びしろがある彼らが軒並み本領を発揮すれば、ヴェルナーの空回りは気にならなくなるものと思われます。

年齢が気になる主力は、30歳になったカンテと32歳のアスピリクエタ、36歳のチアゴ・シウヴァです。とりわけカンテとアスピリクエタは、逃げ切りたいときにいてほしい存在。負傷欠場が増えたカンテは、大事に起用しなければなりません。ユーティリティが高いサウール・ニゲスがプレミアリーグに慣れてくれれば、中盤のローテーションはスムーズになります。マン・シティより層が厚く、リヴァプールよりレギュラーとサブの差がないチームが大崩れすることはないでしょう。

過去10シーズンのうち、TOP4陥落が3回ありながらも、その都度立て直しに成功したしぶとさを支えているのは、プレミアリーグ屈指のユースチームとスカウティングのノウハウです。2010年代は最強だったアカデミーは、「ウェストロンドン人材派遣会社」とでも表現したくなる大量のローン移籍選手の供給源。有望な選手はファーストチームに抜擢し、力不足の選手は他クラブに売却するスキームが確立しています。

10年間で9人の監督をアサインし、意中の選手をことごとく手中に収めてこられたのは、スカウティングとプレゼンの能力が高いからでしょう。「3度めのオファーで、どれほど本気なのかが伝わってきた」（ルカク）「自分のポジションでチャレンジできると約束してくれた」（サウール・ニゲス）と、入団を決意したタレントたちの納得感は高く、ジュール・クンデもすっかりその気になっていたからこそ、セヴィージャの心変わりに立腹しているのだと思われます。

5年ぶりのプレミアリーグ制覇とCL連覇をめざすチームに穴は見当たりません。彼らは、トロフィーをいくつ持っていくのでしょうか。サウール・ニゲスは、リヴァプールやマンチェスター・ユナイテッドが獲るべき選手だったのですが…。インターナショナルマッチウイーク明けは、アストン・ヴィラとのホームゲーム。トゥヘル采配が楽しみです。