偏愛的プレミアリーグ見聞録

たった半年で、アル・イテファクとの契約を解除。ジョーダン・ヘンダーソンのチャレンジは失敗に終わりました。プレミアリーグ431試合33ゴール54アシストのベテランに対して、母国のクラブからの魅力的なオファーはなかったようで、既にアヤックスと合意に達したと報じられています。

イギリスに帰国したヘンダーソンに対して、アヤックスのスタッフが接触を図っており、契約のディテールを詰めてメディカルチェックを終えたらディールは成立。リヴァプールでキャプテンを務めた33歳のMFは、18ヵ月に延長オプション1年が加わる契約に不満はなさそうです。彼はなぜ、マージーサイドを離れたのか？7月の移籍は、そもそも矛盾だらけでした。

サウジのクラブに向かうと決めた後、「アスレティック」の取材に応じたヘンダーソンは、「アラームを鳴らすべきことがいくつかあった。監督との会話で、あまりプレイできないとわかった」と述懐しています。マック・アリスターとショボスライの加入によって、危機感を覚えたといわれたら、なるほどとうなずいてしまいそうです。

しかし当時のレッズは、チェンバレン、ナビ・ケイタ、ミルナー、フィルミーノを手離した直後でした。昨季プレミアリーグの23試合で先発し、トータル35試合出場のキャプテンが急激に出番を失うとは思えません。「ベンチで待機して、10分だけ出るような選手ではない」「そうなると、イングランド代表でのチャンスに影響を及ぼす」という言葉は、大げさに感じられます。

代表選出を重視するなら、イングランドからあまりに遠いサウジアラビアはバッドチョイスで、前シーズンで7位の中堅クラブも避けるべきでしょう。現地メディアは、「リヴァプールよりも高額のサラリーに惹かれた」「スティーヴン・ジェラードの誘いを断れなかった」と報じ、LGBTQ+のコミュニティは同性愛を禁止している国への移籍を非難しました。

逆風のなかで始まったサウジでの生活に、彼自身も家族もなじめなかったようです。開幕のアル・ナスル戦に13930人が集まったのは、クリスティアーノ・ロナウドが所属する強豪クラブだったからで、ホーム2戦めのアル・ハリージュ戦は4200人。ダマクとの3戦めは、アンフィールドの1/25に満たない2281人という寒い環境でした。

「アスレティック」のオリヴァー・ケイ記者によると、サウジの平均入場者数7854人はプレミアリーグとチャンピオンシップの全クラブより少なく、リーグ1（3部相当）でも15位だそうです。9月の取材で「自分を興奮させる何かがほしかった」「新しいことにチャレンジしたかった」と熱く語ったヘンダーソンは、テンションが上がる場所ではないとわかっていたはずです。

11月には退団の噂が流れていたMFは、「後悔はない」といい続けるでしょう。しかしその胸中には、レッズに残ればよかったという思いも、いくばくか沈殿しているのではないでしょうか。アヤックスという選択肢にも懸念があります。テン・ハフが去った後、主力を売りまくったオランダの名門は、8節まで最下位という信じられないポジションに落ちていました。

クドゥスとエドソン・アルバレスはウェストハム、ティンバーはアーセナル、バッシーはフラム、リサンドロ・マルティネスとアントニーはマンチェスター・ユナイテッド。フラーフェンベルフとマズラウィはバイエルンに持っていかれ、セバスチャン・アレはドルトムント、オナナはインテル経由でマンチェスターに居場所を移しています。

彼らの後釜として、有望な若手を入れられればよかったのですが、クロアチア、ノルウェー、スウェーデンなどからかき集めた夏の補強は大半が失敗。補強のスペシャリストのはずだったスヴェン・ミスリンタートは、在任5ヵ月で解雇されてしまいました。モーリス・スタインの後を受けたファント・シップの采配で5位に浮上したものの、首位PSVとの差は23ポイントです。

とはいえ、どうしても欧州に戻りたかったヘンダーソンは、唯一のチャンスを逃せなかったのでしょう。このうえはエールディヴィジで存在感を示し、ユーロ2024のメンバーに滑り込むしかありません。「サウジ移籍＝悪」ではないものの、アンフィールドにいた選手を満たすものは彼の地にはなかったのは明らかです。今はただ、新天地でがんばってほしいとしかいえません。