偏愛的プレミアリーグ見聞録

ペップのアシスタントコーチとペップのチームキャプテンが、ペップにレフトバックにまわされたパサーの移籍を検討するという構図になっているようです。「ミラー」「Goal」「フットボール・ロンドン」が、コンパニを招聘したバイエルンがオレクサンドル・ジンチェンコの獲得を狙っていると報じています。

10代の頃、ロシアのウファでプレイしていたジンチェンコは、2016年にマン・シティの監督に就任したペップの初年度の新戦力です。当時はまだ19歳。既にウクライナ代表に選ばれていたレフティは、最初の1年はPSVに貸し出されました。プレミアリーグデビューは、2017年12月。ロシアとオランダでは中盤だったテクニシャンに与えられたポジションは、レフトバックでした。

以来、ペップのチームでは常に左サイドの後方で過ごしていました。デブライネの壁は厚く、本人も負傷が多く、年間を通じて活躍したといえるシーズンはありません。最も出場機会が多かった2020-21シーズンでも、プレミアリーグは20試合。最強チームで過ごした5年は、リーグ戦76試合ノーゴールで、公式戦トータルでも2ゴールに留まっています。

25歳になっていたSBに、ミケル・アルテタから声がかかったのは、2022年の夏でした。「子どもの頃、アーセナルの大ファンだった」というジンチェンコに迷いはなかったでしょう。移籍の報を聞いたときは、SBで納得しているのかと心配だったのですが、「監督にいわれればGKでもやる」というひとことですっきりしました。彼は、とにかくアーセナルを勝たせたかったのです。

いや、むしろこの頃は既に、偽SBこそが自らの強みを活かせる役割と心得ていたのだと思われます。2022-23シーズンは、序盤戦で膝とふくらはぎを痛めたものの、11月に復帰してからはチームになくてはならない存在でした。ファーストチョイスとして7ヵ月を過ごしたのは、ウファにいた2015-16シーズン以来、7年ぶりです。

プレミアリーグ制覇を逃したアーセナルは、ラヤ、デクラン・ライス、ティンバー、カイ・ハヴェルツを獲得してさらなる強化を図りました。2023-24シーズンは、ポジション争いが激化するかと思いきや、開幕戦でティンバーが重傷を負い、偽SBは引き続きジンチェンコ。1月のリヴァプール戦で、ハーフタイムにキヴィオルに後を譲るまでは、レギュラーだったのですが…。

2月にまたもやふくらはぎを痛め、戻ってきてからは、公式戦14試合のうち先発は3試合のみ。CLのポルト戦、バイエルン戦、プレミアリーグのマン・シティ戦やノースロンドンダービーなど、重要な試合は冨安健洋かキヴィオルとなり、6試合はベンチに座ったままで終えています。ルートン、ブライトン、ヴィラの3試合も、冨安が万全ならサブだったのかもしれません。

ジンチェンコの出番が減ったのは、左サイドに下がったときに、背後を突かれたりドリブルでかわされたりするシーンが増えたからでしょう。守備の不安の増大に歩調を合わせるように、冨安とキヴィオルが偽SBとして機能するようになりました。ノースロンドンに来てからの2年は、公式戦68試合2ゴール4アシスト。同時期の冨安は、52試合2ゴール5アシストです。

バイエルンのターゲットと報じたメディアは申し合わせたように、「重要な試合は冨安かキヴィオル」といっています。ティンバーが完全復活の来季は、さらに出番が減ってしまうかもしれません。一方、ドイツの頂点の奪還をめざす名門は、アルフォンソ・ディヴィスがレアル・マドリードに移籍濃厚といわれており、左サイドは手薄になる見通しです。

バイエルンが3500万ポンドを出すといえば、アーセナルは乗っかるのではないでしょうか。2500万ポンドでも、守備力に長けたSBへのスイッチングを選ぶ可能性があります。ボールさばきはワールドクラス、パスワークもOK。勝者のメンタリティがあり、ガナーズ愛あふれるいいヤツだけに、海を渡る背中を見るのはしのびないのですが…。

ミュンヘンでスポーツ部門を仕切るマックス・エバールとクリストフ・フロイントSDが、補強プランを明確にするのは少し先の話になりそうですが、スピードに長けたアルフォンソ・ディヴィスを失うとなれば、テクニックに絶大な信頼をおける新指揮官の元チームメイトを獲ろうとするのは自然な成り行きです。

負傷が多い冨安健洋は、フルシーズンの活躍を期待はしても計算はできませんが、慢性的なふくらはぎ痛を抱えるジンチェンコもリスキーです。どうする、アーセナル。蜜月は2年で終わりとなるのでしょうか。偽SBという役割を消化できなかったキーラン・ティアニーとともに、クラブとジンチェンコの決断が大いに気になります。