2016-17シーズン現地観戦記(5)エミレーツの混迷と「ヴェンゲルOUT」の意味~VSバイエルン
最初に言っておきたいのは、この試合、前半は本当に「行ける!」と思ったということです。とくに私のいたメインスタンド側から見ると、目の前にいるアーセナルの右サイド、ウォルコットとベジェリンが非常に緊張感高く、「約束ごとをきちっと守る」というふうな律儀な動きを見せていたと感じました。そこにチェンバレンを加えた3名は、何というか、大一番に気合いが入っているというよりは、極めて淡々と、しかし極めて高いレベルで、いい仕事をしていたと思います。チェンバレンは多少波があるけれど、大抵の場合はこういう境地を保って見えるベジェリンと、今年に入って急にこの雰囲気をまとい始めたウォルコットに、ファンとしては、ジルーの明るさやコクランの男気みたいなものとはまた違った愛着を感じずにはいられません。……と自分で言っておいてナンですが、なぜここでサンチェスやエジルの名前が出てこなかったんだ?それについては今後、ゆっくり考えていくことにしましょう。
さてこの試合、スタジアムに着いて感じたのは、ファーストレグの大敗を受けた空席の多さ(「どうせダメだし」と思うとすぐにスタジアムに来なくなるのが当地のサポーターです)とか、直前のリヴァプール戦の敗戦で盛り上がる「ヴェンゲルOUT」のデモだとか、そういう具体的なあれこれというよりは、何というか空気の緩みのようなものでした。窮地に追い込まれたとき、厳しく突き放す態度もあるだろうし、そういうときこそ強い気持ちでサポートする態度もあると思うし、個人個人ではそうした態度を明らかにしている人ももちろんいるのですが、客席全体としてはどちらの態度も取りかねている、というような……。
ホーム側がそんなムードの中、アウェイ席ではバイエルンサポーターが、コールリーダーの指揮のもと、一糸乱れぬドイツ式の応援で盛り上がっています。ちなみに試合中には、昨年のEURO(欧州選手権)で大流行した、頭上で手を叩くアイスランド式の応援も披露。こうしたスタイルは、誰かが自由に歌い始め、気分が乗った人が思い思いに追随するというイングランド式の応援とは全く異なるもので、そんなカルチャーの違いを感じられるのは、ヨーロッパを舞台とする大会ならではといえるでしょう。
さらにアウェイ席では、エミレーツスタジアムのチケット価格に抗議するお約束のプロテストも行われていました。“WITHOUT FANS FOOTBALL IS NO WORTH A PENNY”(客がいなけりゃサッカーなんて無価値)、“LONDON:64£ MUNICH:59E+1E THE GREED KNOWS NO LIMITS”(ロンドンは64£、ミュンヘンじゃ59+1ユーロ、強欲ってのは限界を知らないね ※実際は、E=ユーロ記号、最後のSはドル記号)といったバナーが意気揚々と掲げられていたのですが、それを揶揄する余裕もないホーム側とのちぐはぐ感がなおさら、会場に微妙な空気を生んでいたようにも思います。
それでも試合が始まると、アーセナルサポータも一応強気で声を出し始めます。逆に言えば、こういう試合にわざわざ足を運ぶのは、「何がどうでもArsenal till I die!」な人たちや、(私も含め)「いやまだベスト8あるで!」という希望を捨てていないサポーターなわけですからね。目の前のゴールでレヴァンドフスキがシュートを外すとすかさず”How mach?”と声をかけるなど、私の周りのお兄さん方もエンジンがかかってきました。あまりにもオールスターなバイエルンのスカッドに笑っちゃうしかなかった私も、遠いサイドに見えるロッベンの怖さはともかく、こちらサイドのリベリーについてはそれほどでもないな…、などと思い始めた頃、いきなり訪れたウォルコットの得点シーン。「いける!」と思ったのは私だけではなかったはずです。
しかしそれも前半まで。後半コシェルニにレッドカードが出たところで事実上の終戦だったのでしょう。実際には、ピッチを去るコシェルニにはスタジアムから大きな拍手が贈られ、そのことでサポーターが自らを奮い立たせるような雰囲気もなくはなかったのですが、2点目、3点目と重なるうちに、ピッチ上と同様に客席の雰囲気はみるみる弛緩していきました。立ちっぱなしで野次を飛ばしていた私の周りのお兄さんのうちの一人も、3点目が入ったあたりで突然スイッチが切れたように「帰る」と言っていなくなってしまい、客席には”WENGER OUT”のカードを掲げる者が現れ、”We love you Arsenal”のチャントが起こるもどこか力なく、そんな中、客席からピッチに駆け込んだ青年に対して浴びせられたのも、ブーイングとも喝采とも判別できない……試合終了で客席はまた混迷の中に迷い込んでしまったようでした。
個人的には、このときがサポーターにとっても混乱の「底」だったのではないかと思います。実は、スタジアムで「ヴェンゲルOUT」を声高に叫んでいる多くは少年や若者。「騒いで目立ちたいだけ」という風情の人も多いという印象がありました。しかし、それを真っ当なオトナが冷たく黙殺するとか、あるいは反論するとか、そういう雰囲気でもない。それがバイエルン戦のスタジアムの微妙な空気を作っていたように思うのですが、この状況を説明する一つのヒントとなりそうな話をご紹介しようと思います。
3月下旬になって、サポーター組織、”Arsenal Supporters’Trust(AST)”が、1000人弱のメンバーを対象に調査を行いました。ASTといえば、過去にはアーセナルの株式を共同購入するなどクラブへのコミットが高く、古参のサポーターも多い組織。まさに「真っ当なオトナ」サポーターの集団です。調査結果によると「ヴェンゲルが契約更新するのを支持するか」という問いに対して、回答者のうち78%が”NO”と回答。ただし、424件のフリーコメントを見ると、その多くが、「ヴェンゲルをリスペクトするべきだ」というようなことをいっているのだそうです。(詳細はこちら(英語)で見ることができます)
「ヴェンゲルOUT」のデモを行っているような集団が、現地サポ―ターの間でも急進的過ぎるのはおそらく事実です。しかし、そんな集団の態度には与しないが、「ヴェンゲル続投がよいとは決して思わない」サポーターも多いのです。どん底(に見えた)のバイエルン戦から、サポーターが自分の気持ちに整理をつけていったとき、どんな空気が生まれるのか。それをこの後、現地で見届けることができないのは残念ですが、遠い日本から、シーズン終了までしっかり見守っていきたいと思います。
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まさに!こういう冷静な記事をこそ読みたかったです。
現地取材ならではですね。ありがとうございます。
もちろん筆者様の主観もあるのでしょうが、リアルな空気感が伝わってきました。
これも僕個人の主観でしかないのですが、先日のマンチェスターC戦をパソコンで観ていて、後半の方が(同点に追いついてから)スタジアムに熱気が出てきたというか。
緊張感が増してきたように見えました。
そういうのも現地で観た方がより伝わってきて面白いのだろうなと思います。
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現地の生レポートありがとうございます。
普段、非難を浴びることの多いウォルコット&チェンバレンのいい仕事っぷり。
映像では分かりにくいので素直に嬉しく思います。
78%ものノーとは・・・でも、未練がある状態でしょうか。
後1年はやってほしい派としても、解任の方がいいのではと時々、思っちゃいます。
本当にベンゲルさんと別れてしまっでいいのか。
もっといい彼(彼女)が、見つかるのか不安な心理状態?
アレグッリさんやハウさんも素敵だけど、私の事を好きかも分からない。
もし、付き合ってみて、ベンゲルさんよりダメな人だったらどうしようてきな。
近年のベンゲルさんの評価としては、経営面やクラブの地位向上は成功、スポーツ面でもそこそこ成功。
しかし、エンタメ的には失敗ではないかと。スポーツ面でも大失敗と言われそうですけどね。
ここ数年のリーグ終盤は、優勝争いでもなく、
ロッキーやアリののようにノックダウン寸前にまで追い込まれることもありません。
いつも判で押したように同じシナリオ。
それでは、エンタメ的に・・・
とにかく、現地観戦、お疲れ様でした&シーズン終了まで見守り応援していきましょう。
ひろとさん>
ありがとうございます。チャントをよく聞いていると、現地の雰囲気の変化がわかるときがありますよね。
だしまるさん>
エンタメ的には成功しているのではないでしょうか。ヴェンゲルさんがキャラが立っているからこそ、世界中で「ヴェンゲルOUT]が話題になっているという面もあるのでは?